俳 句 の 世 界

 

松山句碑めぐり

 

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第18話 道後方面 (2005.10.09)

 
今日は道後をあらかた片付けてみようと思います。
 
まずは、自転車で「松山の七不思議」の木屋町の井戸2箇所を巡ってから、道後温泉へ出没。その後、急坂を登って旧武道館跡地へと向かいました。

世に媚びず人に語らず我は我が正しと思ふ道を進まん(水野廣徳)道後姫塚武道館前平和記念公園

世に媚びず人に語らず我は我が正しと思ふ道を進まん(加川豊彦)道後姫塚武道館前平和記念公園

温泉をむす不誓い毛同之石清水(松尾芭蕉)道後公園湯釜薬師上

湯釜薬師付近には「道後村めぐり」や「俳句の里巡り」など、たくさんの句碑があるため、ここの場所は案外見落としそうです。湯釜薬師から湯築城跡の山へ登ろうとしたら途中にあります。

松山や秋より高き天主閣(正岡子規)松山城丸之内長者平

要するに松山城のロープウェイ、リフトの終点にあります。かずまるは初めてリフトに乗ったとかで、大変満足してました。

 
 
 
 
 

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第19話 南高井方面 (2005.11.12)

 
今日で自転車で行けるところは、あらかた片付けてみようと思います。
 
まずは、自転車で上一万まで出かけて、そこに自転車を置いて、一度古町まで電車で戻り、坊っちゃん列車で道後温泉経由で再び上一万へと戻ってきました。上一万発は11時30分。

夜学の子おくりて虫にたゝづめり(熊恵堂)高井町覚王寺

国道11号をまっすぐ東進し、県道40号を右折、コンビニで弁当を買ってから、覚王寺でしばし休憩。いかにも弁当を食べるのに都合の良いような椅子と机がありました。

念ずれば花ひらく(坂村真民)南高井町ていれぎ名水の里取水場

昼食をとって、南高井病院まで行くときに、悪社川を渡り終えると、このようなところへ・・・会員限定の取水場というのもよく判らないし、句碑の必然性もよく判らない。それにしても、いったいこの句碑はいくつあったのでしょうか。

手のひらにいたゝ久春の光可南(柳原極堂)南高井町南山苑

この碑は南山苑というよりも、南高井病院のまん前にありました。これで今日の行程が終了しました。

雲きれて佐しくる光もくれんのむくの一華を天ハえらびて(西川喜代美)南高井町南高井病院

とはいえ、ここは家からの最遠点です。時刻は14時過ぎ、帰りは珍しくかずまるが疲れたそぶりをするので、2時間以上かかって帰りました。今日の行程は27・7キロでした。

 
 
 
 
 

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第20話 南斎院方面 (2006.05.27)

 
今まで場所の判らなかった吉重神社へ
 
吉重神社を探してみると、吉重命神社という名前が出てきた。最終的には「いせきこたろう」氏サイトで「考古館から岩子山へ向けて細い山道を登ったところにある」というのが決め手になってやってきました。

パルティ衣山からバスに乗って、朝美二丁目下車、ここから津田団地前息のバスに乗って丸山下車、たかだか山の向こうへ行くのにバスを乗り継ぐか?だが、天気が悪いことと、最終的には西衣山方面に抜けるたくらみがあったため、やむなく決行。

願いごと思ふがまゝに導きて萬の人を救い賜わん身をもって守りし城は今はなき昔を永遠に語り伝えん荒れ果てし君の御霊は今こゝに眞心集い石鳥居建つ幸せを此の世に命ある限り親子三代後の世までも石鳥居社を建てし世話役の観音様に顔もよく似て(西谷政子)南斎院町吉重神社

考古館の上、とあったので、まっすぐ行ったら、なんだか方向が違う。仕方がないので、一度下ったら、確かに吉重命神社の参道が見つかりました。

葉は落ちて野末の散りとくちるともその根は枯れち春に栄えん(宍草出羽守吉重)南斎院町吉重神社

まさに執念の一撃。そのうち、南梅本の梅盛寺跡へもこの勢いで行って見たいと思います。あと、13箇所23碑。

 
 
 
 
 

 

 

 

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