【01】赤い椿白い椿と落ちにけり(河東碧梧桐)
2005年8月12日行軍B 国 道11号の一番町1丁目交差点から南へはずらっと句碑がある。最初はただの石ころと思って無視したのが、実は句碑だったものだ。順調に5碑を巡ったのであ るが、ひとつ不安が持ち上げてきた。国道の東側は各交差点の南側ある。が、国道の西側は各交差点の北側にあるのである。三番町まで行って引き返してきた我 々は二番町まで戻ったところで、あれれ・・・。ということは、一番町は交差点の南側か?それとも・・・不安は的中した。一番町のいわゆる勝山町交差点には句碑なんぞはどこにもない。さきほどの東雲八番だけである。ということは、三番町で引き返した我々は、さらに南の千舟町の碑を無視してしまったのである。仕方がない。また後で行こうか。 |
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【02】秋高し鳶舞ひしずむ城の上(正岡子規)
2005年8月12日行軍B |
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【03】駒鳥鳴くや唐人町の春の暮(正岡子規)
2005年8月12日行軍B |
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【04】沢亀の万歳みせう御國ぶり(正岡子規)
2005年8月12日行軍B 国道11号東側は、一番町、二番町、三番町の南側に碑、(一番町を除く)北側に標識となっています。これで3碑。逆に西側は一番町、二番町、三番町の(一番町を除く)北側に碑、南側に標識が・・・それに気付いたときには・・・ |
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【05】するする陽がしずむ海のかなたの國へ(野村朱燐洞)
2005年8月12日行軍B そ の「また後」は意外にも早くかなえられた。かずまるはこの後スイミングスクールがある。妻と宮田町にある大型スーパーで待ち合わせをし、その後私は再び勝 山町から国道をずっと南、拓南中学の前の理容店と針灸院に行くことにしている。勝山町から宮田町まで市内電車で移動した私は、単独行動になった後再び同じ ルートで勝山町まで行って、そこから約2キロ歩いていったのである。当然ながら、先ほど忘れてしまった句碑を通る。ところで、先ほどの「するする陽がしずむ海のかなたの國へ」の季語はどれ? |
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【06】祝「ほとゝぎす」発刊新年や鶯鳴いてほとゝきす(正岡子規)
2005年8月18日行軍B(俳句の里・城下(22)、旧なし) ここは中の川通りで、以前「俳句の里巡り・城下コース」で命がけで句碑めぐりをしたところである。中央分離帯に句碑が見えるが、今日は道の南側の安全な所にある句碑である。この碑も多分正岡子規生い立ちの場所として「ほとゝぎす」発刊記念の碑を置いたのであろう。 |
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